カミーノへの道25日目 2019/6/24

エルブレゴラネロからマンシージャデラスムラス

 

地名が聞いたことないところですねほんと。

レオンまであとすこしです。

 

そう、灼熱地獄の噂が巡礼者の中で注意喚起なされていたのはこの週。

40度気温の熱波がやってくるから歩くなら気をつけろ、というやつです。

数年前もヨーロッパで熱波で人が結構なくなっていたものね。

水はあたりまえだがケチらず、ビタミンはちょっと足りない気味だったかな。

朝ごはんはバナナとか、クロワッサンとか、まちまちだったし

昼はビールだったし、食生活としてはバランス悪いからな、、、と

早くでて12時までには宿泊町につく、というのが一番対策っぽいのと

とうとう荷物送付サービスを活用してみようとなった。

荷物送付サービスを使うことに罪悪感は少しあったけど、

体力ありそうな欧米系も、ファッショナブルに歩くコリアンも、

若かろうが歳がいってようが、500円くらいで10キロ荷物を無くせるわけで

便利っちゃ便利なのよな。

一番安くて私の見たかぎり3ユーロからで、県をまたぐと業者がなくなったり

安心していた業者の封筒がみつからなくて他の会社の封筒をさがすとかだったり。

 

カミーノ行ったことある人にはわかるだろうが、説明すると、

次の宿が決まっていたら荷物を届けてくれるサービスがカミーノにはあるのです。

出発のときに、宿の入り口に数種の業者の封筒があるので、

その封筒に書いてある通りの金額、3ー6€をコインでいれといて

次とまる宿の名前と私の名前と電話番号を書いておけば、

業者が荷物を集荷して宅配しておいてくれるのです。

なので、自分が到着したら荷物が宿に届いているというらくちんさ。

道は自重だけであるき、小さい携帯リュックに水と足のケア用品だけで

軽い軽い。

40度越し、という熱波にびびった私は、到着まであと10日以上だけど

天気予報的に35度を越す日は荷物サービスを活用しようと決める。

初めて利用した日は、ほんと、羽が生えたのかなってくらい

歩くのが楽。スキップしながら到着できるんちゃうか思いましたね。

マンシージャデラスムラスに到着したのは本当に正午ごろ。

本気で暑くなるのは14時くらいから19時くらいかなあ、体感として。

夜明けが6時くらいで日没が22時という長い日中のなか、

おひる、というのがスペインのこの時期は14ー19時くらいかと思う。

シエスタとはよくいったもので、暑くて焦げそうな太陽に

洗濯物は手洗い絞りのゆるゆるでも2時間あればパサっと乾いている。

 

マンシージャの宿はオープンが13時らしいが、

荷物が宿の外にぼんぼんぼんぼんと置かれて、到着した人が

チェックインまちで周辺のバルでオープンまちっぽい。

おっと、みたことのあるリュックがある、、、と、

日本人の山の会の方々と再会。

山の会の方は4人だから、私を含めると、宿の部屋は申し訳ないほど

日本語があふれてしまい、他の巡礼者に少し申し訳ない気もする

、、、日本人的な感覚やな。これ。

コリアンもイタリアンもグループで全然気をつかってなさそうやのに、笑

 

町歩きは少ししたけど、とりあえずエアコンのかかっているところ以外

入りたくなくて、教会見学もそこそこにしたな。

日陰は涼しめだから、日陰を選んでスーパーにいったけど

外にある気温計が42ってなってた。

そりゃあバテるよね、、、。

外カフェでくつろいでいるヒラリーと他の巡礼者さんたちを発見、

スミレもいらっしゃい、という様子だったけど、

私は日本人の方と夜ご飯を約束していたので、バイバーイってやって。

 

大きい街ではないのでレストランも多くなかったけど、

入ったところはウエイトレスがとってもキュートで、

私のメヌーの牛頰肉の煮込みはとっても柔らかで美味しく、

ホワイトアスパラガスはむっくりしていて、

ワインもボトルで2、3本頼んで、

良いお店だったな。

山の会のみなさんは、明日のレオン到着で、カミーノをいったん止めて、

来年にレオンからコンポステラに行くのだとおっしゃっていた。

なので、レオンまでの明日1日一緒に歩かせていただいて、

お見送りをさせていただくことにしました。

 

美味しいお店の場所をぐぐったら

アルベルゲリア デルカミーノ、とあった。アルベルゲ併設だったのか。

泊まったのはガイア、という名前のアルベルゲだったんだけどね。

 

 

 

 

カミーノへの道24日目 2019/6/23

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サアグンからエルブレゴラネロへ

半分証明書をもらい、そこで止めるのも区切りはよいけど、やっぱり朝6時に起きて、用意をして、出発するんだよね。

ヒラリーと一緒に出発したけれど、一緒に歩こう!ってわけでもなく、彼女は人に話しかけてはけっこう先々いってしまったりなので、時々会わなくなることもある。

そういう自由なところも、心地よいのだけどね。

エルブレゴラネロは小さな村で、けっこうみんな通り過ぎて行く。

私はそういう小さいところこそ気になるので、とまることにする。宿は数件あり、庭が広い緑のアルベルゲがあったのでそこに泊まってみた。

風通しが良くてこじんまり、家族経営っぽい。

村には食料品店があり、ビール、ワインとムール貝の缶詰、久々にレンジでチンパエリアを買い込む。

とても天気がよくて庭にはリラックスチェアがあり、

早く到着した私は洗濯、町歩き、ビール昼寝、町バルビール。ワインも一本のんで、1人満喫した。

が。

日本人の、2回くらい道上で会ったSさん、という女性と、連れの男性、夫婦でも恋人でもなく、旅好きで2人で海外とかクルーズとかしちゃう独身さんなんだけど、

この宿でもお会いして。

男性は無口っぽいし私はsさんとだけ、ときどき言葉を交わすのだが、なんと庭の椅子で、、、泣いているのを見かけてしまった。

年上の女性だけど、すごく気の優しい人というのはわかっていたけど、1人泣きじゃくるみたいに泣いてるから、無視する気にもなれず、声をかける。

すると、原因のいったんは、私が関わっていてびっくり。

夜ご飯は私はレンチンパエリアとワインを1人で楽しく飲み、たしかにこのsさんとも少し話し、先に飲み食べ終わったので自分の分は片付けて、ふわふわベンチでネットとかしていたのだが、sさんはお酒が弱く、夜ご飯を用意してワインを飲んだあと、片付けられずにうとうとしちゃったところ、だらしない、あのスミレって子は飲んでもちゃんと片付けしてしっかりしてるのに、君はどうしてそんなにだらしないなか、とキツく言われたそうだ。

怒髪天をつくような怒りにかられて、野郎を怒鳴りつけに行こうかと思ったよ。

お前の妻でもないのに、飯の用意をしてくれる彼女、

酒が弱いのなんて解ってるだろう付き合いをして、

旅一緒にしてるだろうにいみわからん関白ぶり、

カミーノをなんやと思ってんだこのオタンコナス、

歩いて宿でワインのんでフワァっとして、何が悪いのか、ってゆーか用意彼女なら、片付けお前がやるのがスジやろが、それでバランスが取れるってもんじゃないの?ってかsさんもそんな男となんで旅してるのさましてやカミーノ やぞ?そんなこと言う男はどうかと思うけどいい返しもせずにこれで泣く女がようまぁ、こんな旅しはるなぁ、ってかここから分かれて歩けや、

と思い、私は一人旅だから酔ってしまったら直で身に危険になるので、量は多いけど自分の適量がわかってるだけで、なぜあの野郎は私を引き合いにだすのか意味わからんかったよね。

慰めたとゆーか、ご本人も、こんなことで泣く自分を責めはるので、困ったよね、、

けど結局この2人はゴールまでずっと一緒でした。

付き合ってるわけでもない、しかも気の合わない、

しかも自分に説教かましてくる男とは、

カミーノ は私には絶対無理。

その後に会った時、男の股蹴り上げるイメージで一瞥しかしなかったよね、私、、、

カミーノへの道 23日目 2019/6/22

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レディゴス→サアグンへ

さて、歩く距離が少ないけど、サアグンとゆーところへ向かいます。

ヒラリーと出発。

何を話したかなぁ。

雨が降って、この日だけ初期に買ったカッパを使えたんだよね。

しっとりとした雨。

無駄に汗ばむカッパをかぶり、歩く。

バレンシア県からレオン県に入ったらしいが、当時はそんなこと全く気にせず、ただひたすら黄色い矢印、イエローアローを探して歩くだけでしたね。

サアグンにはいり、教会のアルベルゲをなぜか見つけるのに時間がかかり、ヒラリーやドイツ女子らと街をしばし迷う。

町の真ん中にあるサアグンの門と地名石を見つけ、それぞれにきゃっきゃと楽しく写真をとりあう。

公営のアルベルゲを見つけて、手続きをするのだけど、教会のアルベルゲなので神父さんらしきおじいさんが、一人一人ゆっくり手続きをするので、結構順番を待つ。

その間に、やっぱり会ったぜ韓国のアニキもまた同じ宿で、ほんとに良く会うね、ってほんと、アニキはポルトガルまで会ったからな、、

で、アニキが、君は半分ナントカどうするの?みたいなことをきいてきて、なんだそれ?ハーフほにゃらら、、、?

とよくわからない。

アニキはミサには絶対顔出さない人だし、ミサに行くのかと聞いてるわけでもないし、なんじゃろか、と思いながら聞き流した。

で、チェックインの順番がきて、ヒラリーと私は2人一緒に手続きをしたら、親子かい?とか聞かれてな。いやいや、私、、43歳だよ、、、多分すっぴんのおさげにしてたから幼く見えたのだろうがよ。

部屋のタイプどうするか聞かれて、なんと私もヒラリーも、あのフランス女子がアルベルゲで個室使ってるのがいいな、、って思っていて、しかも1人10€だせば2人部屋なのね。

ヒラリーが、全額出すから一緒の部屋にしない?と申しでて、いやいや払うよ、私も荷物広げてゆっくりしたいし、ってんで、ヒラリーと2人部屋。

部屋に鍵がない以外、普通に清潔なお部屋で、シャワートイレ個別つきで2人でテンションあがって荷物ひろげまくりーの、洗濯しまくりーの、ベッドで大の字ゴロゴローの。

イビキとかうるさかったらごめんね、とかお互い若干のイビキストだったけど、貴重品の心配とかしない夜って大事よね。

ある程度荷物片付けたらヒラリーが、ハーフなんちゃらをとりにいかないと!ミサもあるし時間がないわよ!と言う。

なんどきいてもわからんが、アニキもなんかハーフナントカってゆーとるなぁ、、と、ヒラリーがとにかくいいからついといでとゆーので、町外れ、ってわけではないけど、巡礼博物館?みたいなところに連れて行ってくれた。

開館時間がまちまちで、その日は16時閉館、危ない時間に入館。

ヒラリーが受付で、なんかゆーて、なんか賞状みたいな紙を発行してもらっておる。

おおおおお!

なんと、フランス人の道800キロの中間地点400キロ歩いたよ、とゆー、半分証明書!

名前と日付を入れてくれるのでした。

わぁ!これかー、これをもらいに行くのか?とか、場所がどこか知ってるか?って、アニキはそれを聞いていたのか!全くわかってなかった。

しかしヒラリーのおかげで私も証明書を発行、写真をとりあってホクホクした気持ちで宿にもどる。

ミサがあるのでいくわよ、とミサにも参加。

ここのミサでは一人一人声をかけられ、おみくじみたいなものもひいて、神父様から額にキスハグと優しい言葉をかけられてとても感極まったのを覚えている。

よく歩いたなー、私。

すぐに挫折するだろうと思ったのに。

半分歩いたんか。ここで終わっても悔いはない、、とかおもいながら、夜ご飯はバルとか行こうかとおもたら神父様主催のもちより交流会ディナーとのことで、ヒラリーに連れられる。

私、英語苦手だから大勢の席はしんどいの、とゆーたけど、大丈夫よ!私とこうやって話してるんだから!スミレも一緒に参加しましょう!

と、、、。

とりあえず持ち寄りってことで、スーパーで生ハムとか買ってみて、キッチンに行くと、持ち寄りって余るほど豪華になるよね、ほんと。

宿泊者のなんにんかわからんが、10人15人がいて、

交流会、、、

と、とりあえず生きのびたわよ、、、

神父さん気にしてくれって、優しかった、、、

ヒラリーはとてもご満悦で、

今日はとても素敵な日だったわね!

と。

実は私も、とても満足して、カミーノ来てから一番満たされた気持ちになったのでした。

カミーノへの道22日目 2019/6/21

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カリオンデロスコンデスからレディゴスへ

 

距離をのばすより、ちいさな名前も知らないところを

いっぱい泊まりたいなと思い始めた頃。

みんなが抜かしていくような村、レディゴス。

正直、ほんまに何もなくて二軒くらいのアルベルゲとレストラン併設、みたいな。

いいんだ、こんなふうに人が少ないところにポケッと泊まろう、

と、宿をみてここでいいか、と泊まるとき、自由を感じる。

 

ほんとに人がいなくてゆっくりシャワーをあびて

ビールでも飲もうかなってカウンターにいったら、

チェックインしている、ピンクの帽子発見。

「スミレーイ!」

ヒラリーさんやん。。

私ほんとこの人と縁があるんだなあ、あはは、ってもう、ほんと、

歩く量とか泊まろうという感覚が本当に似てるのね。笑

 

ラヴリーが口癖のフラ女子、柔らかなドイツ女子、色っぽいフラ女子、

ヒラリー、私、とで結局ランチをする。

みんな結構普通に10ユーロクラスの料理を食べるよね、

本気の貧乏旅な巡礼者、、、わかい学生とかはあまりみかけなかったな

そういえば。世界一周系さんたちは一周の中でのカミーノなので、

節約してる感じはわかったけど、世界一周系さんからすると

カミーノは天国のようらしく、宿は綺麗で食事も安くつける、と

評判がよろしかったな、そういや。

ラヴリーフラ女子はアルベルゲはすべて個室しか泊まらなくて、

個室いいなあ、、、と私はちょっと思ってて。

料金はもちろん倍くらいだけど安いしね。

一週間に一度くらいは個室もいいかな、、、と思ってきていた。

 

レディゴスの宿の名前はLE MORENA

清潔感のある宿でした。

ほとんどの巡礼者がスルーしていくのを、ぼーっとテラス席から眺めていられる宿、w

 

カミーノへの道21日目2019/6/20

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フロミスタからカリオンデロスコンデスへ

 

そろそろ20日をすぎて慣れてきたけど、相変わらず

ぐだぐだと英語が話せないコンプレックスを抱えて歩いてる私。

 

今後人生どうするんだろう、どうして父と弟はなくなったんだろう、

どうして結婚できないんだろう、どうして彼氏と喧嘩ばかりしたんだろう、

どうして自分はこんなに自己評価低いんだろう、どうして私は怒っているのだろう、

どうして努力ができないんだろう、どうして、どうして、どうして。

そればかりが頭の中をぐるぐるしている。

自分探し、というと青臭いし、自分なんて今ここにいる、というのが答えだ。

ただたんに、社会的な一番のコミュニティである、家族を構成していないという劣等感を今後私は日本社会で生きる限りは持ち続けるんだろうなと覚悟をしなきゃいけないのかもしれない。

生まれてからの自分をぐるぐる思い出しては、凹んだり涙がでてきたりしたけど、

色々なチョイスがあって今ここを歩いているんだよなあ。

ブエンカミーノ!とにこにこしながら追い抜かしていくすべての人々に

思いや背景があって、私もその中の1人になっている。

同時多発的に巡礼路を歩いて、一箇所をめざす旅をしている。

その世界に出会えたこと、きっと8割くらいの日本人が知らないこの道を

歩くことができて出会えたことは、間違いじゃないしなー、、、などと

しょうもなくも自分を肯定するようにしてみたり。

 

カリオンデロスコンデスでは公営のアルベルゲではシスターの歌を

聞くことができると、ガイドブックやら情報を得ていたので、

それは聞いてみたいなと、サンタマリアアルベルゲに到着する。

到着時に足元にものっすごいフラワーペイントというのかしら、

びっしりと地べたをとにかくなんか材質はチョークっっぽいけど

紙吹雪みたいなぱらぱらしたもので町のじべたがアートされており、

明らかになんか今からイベント始まりますだったんだよね。

サンタマリアのアルベルゲ到着したとき、ベンチがあって、

あきらかにヒラリーさんの帽子と杖とリュックと靴がおいてあって、

本人だけがどこにも見当たらない。つか、宿一緒だな、と思ったところ

教会の壮大なる鐘の音が鳴り響いた後、心浮き立つような

ラッパや太鼓の大合奏がどこからか聞こえてきた。

パレードが始まったのだ。

鼓笛隊、ブラスバンド隊、ドレスアップした人々、沿道には写真をとる人々、

ゆっくりと街のメインストリートをにぎやかに奏でながらパレード。

なんのパレードかよくわからないけど、教会をでて教会に入っていったし、

クリスチャンのなんかのお待ちお祭りなんだろうと想像する。

が、その沿道で、身ひとつでパレードを追う写真女性が、、、

ヒラリーじゃん、笑。

荷物すべてほっぽりだして、ビーチサンダルでいっしょけんめ

パレードを写真に収めようとめっちゃ嬉しそう。

アルベルゲのシスターもパレードをみようとみんなでてきて、

祝福されたかのような素敵な気持ちで一時間ほどのパレードを眺めていた。

 

宿でヒラリーに再会し、そしてランチに誘われ、あああああ、、、

英語フルスピードのグループランチにちょびん、と座って、

にこにこするだけのバカになってしまいました、、、。

旦那持ちなのにカミーノで男をたぶらかすフランス女子が

料理が美味しいたびに「ラヴリー」っていうのが良いなあと思いながら

喋るにもヒアリングついていけない俺は食がすすまなかったよね、、

これ以降はあまりグループのときはご飯いっしょはやめとこうって思ったよね、、、

 

さらに、夕方にミサがあるってのと、その前に、

シスターと巡礼者で歌を聴く集まりがあったのだけど、

シスターから一人一人当てられて、どの曲がいい?とか

あなたの国の曲をうたって、とか、めっちゃ個人の発言を引き出してくる。

顔が広末涼子に似ていて笑顔がとっても可愛いシスターが

あなたはどこからきたの、ってみんなに聞くんだけどね、

アジアな人はその場には私しかいなかったんだよね。

日本からきましたーっていったら、ものっそいキラッキラした笑顔で

あら!少し前に来た日本人がとても素敵な賛美歌を日本語で歌ってくれて

素敵だったの、あなたも歌える?ってきかれて、

あ、、、ああ、その賛美歌歌った日本人女性私知ってる、、、多分、

はじめのオリソンで出会った、クリスチャンで旦那と音楽しているあの人だ、、、って

わかったけど、もう、ね無理に決まってるじゃん。

みんなの目が注目されたけど、ごめんなさいよ日本人そのままで

私は歌えないです、シスターの歌声がききたいです、とか

そんな消極的なことを言ったところ、それではにっこり、と

日本語で教えてもらったので、と日本語で歌ってくれました。

一言一句、きれいな日本語になっていて、その場では私しか

正誤はわからんのだけど、とにかくパーフェクト。

彼女は数曲ギターを鳴らしながら歌ってくれたけど、

アメイジンググレイスの美しいこと。

録音は禁止だったのでしてないけれど、美しかったなあ。

 

 

カミーノへの道20日目2019/6/19

カストロへリスからフロミスタへ

 

足がいたい。

地味に、なんか足が痛いなあ、、、って思いながら

100キンで買った足指先だけ5本サポーターをはき、靴下は

山登りのやつをはく。

靴下二枚はく、とかいうのは私はやったことなくて

靴履く前にゆびにワセリンをぬり、痛いときは5本指サポーターをはき、

そして分厚い靴下を履く。歩くのがとても遅いからか、頑張って長く歩くぞ、とか

そういう根性的なことをしなかったからかマメはまったくできなかったのよね。

こんな適当な対策なのにマメはできないのに、

なぜ欧米系から多くの人たちはあんなにマメで苦しめられるのか。

歩き方が無茶なのではないかしら、、と思うなか

私の足の痛いのは、首。足首。

デブなのにいきなり荷物の負荷とかかかってるからかなあ。

まあ休み休みいくからいいんだけど、

話す人がいないと、自分の中へ中へと気持ちがいくよね。

とくにフロミスタへの運河沿いが長くて、まだ着かないのか、、、と

一人っきりタイムで歩くと長いなと感じてしまった。

運河の途切れめのダムは新鮮で、どどどどどと水が流れている橋を

渡り、到着。

ここで泊まったのは、LUZ DE FROMISTA

こじんまりしたこぎれいな内装でした。個人宅を改装したのかしら。

受付のお爺さんと綺麗な若い娘さんが感じがよかったのを覚えている

お部屋に案内されたら、ああああ!

こんにちは、山の会のみなさん、と同じお部屋になる。

山の会の方といっしょということは、4人組だから私を含め5人、

一気に日本人空気のただようお部屋となってしまうのでした。

ランチや食事をご一緒し、

グループで旅をする安心感を教えてもらいました。

、、、とはいえ、グループで旅をすることは、私はないだろうな、、、苦笑

 

 

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カミーノへの道19日目 2019/6/18

オルニージョスカミーノからカストロヘリスへ

 

カタカナで書くとカミーノ歩いた人はわかりにくかろう村の名前

 

宿の部屋は一緒だけど、一緒に歩きましょう、となるわけではなくて

山の会の方々は朝ごはんちゃんと食べてから出発しはるし、

私は無料朝ごはんでなければ食べずに出発派なので、

山の会の皆さんとは、道の上で会ったらその時一緒にあるき、

休憩のタイミングは合わせると楽、、、ということがわかってからは

結構ご一緒することが多かった。

しかしこの朝起きたら

やっぱりヒラリーさんが街の真ん中でにこにこ

「スミレー!おはよーう!」

と、山の会の方に、ほらほら待ってらっしゃるわよと促されて

おおう、英語漬け、、、、とヒラリーと一緒に歩き始める。

 

今日は私は泊まる宿を気持ち、決めていて、

ネットとかで下調べしていたごはんのために歩くのだ!

ピビンバの夜ご飯がでるというカストロへリスの宿

オリオン、というとこへ行く。

宿は村にはいってすぐに看板があったので、私はそこへ行くね!

とヒラリーさんとあっさりお別れ。

ヒラリーはもうすこし先にいくといったのか、

ピビンバには全く興味がないようでした、そらそうや。

宿は明るい庭、キッチンものびのびしていて

オーナーはコリアンかと思えばコリアンが経営していたのを

引き継いで経営している様子のスペインの方が対応してくれて。

しかしごはんはピビンバだし、フロントの後ろには

コリアンフードの袋麺や韓国食品がいっぱいある。

てなわけで、可愛いニャンコとワンコがいる宿で、

昼っからまったりゆったり、辛らーめんを買って、

レモンビールと辛らーめんのランチや!具はなくてもいいんだ!

と思っていたら、以前宿であったパク夫妻が同じ宿、

「スミレさんは、野菜がないのはいけません、おにくもどうぞ」

と奥さんがにこにこしながら焼肉とサラダをちゃんと作ったのを

取り分けてくれた。涙。

栄養バランスのとれたアジアなご飯、、、そしてレモンビールの美味しいこと。

ビールとレモンサイダー割、カミーノ歩きで一番気に入ったわー。

 

部屋にいくと、まさかの眼鏡zと同じ部屋でまたお互いあったねー、何回め、

みたいな挨拶。アニキはここにはいなかった。

眼鏡zと仲良く話してるマレーシア人の男性がいて、世界旅行をしているとのことでいろんな動画をみせてもらう。なんか色っぽい話し方をする大人で、夜ご飯のピビンバを食べるときに横になってしまい、雰囲気のある方だなあ、、、と英語でつまづく私でした。

男前だったけどこのマレーシアの人はここでだけしか会わなかったな。

 

ピビンバピビンバ、と飯のことばかりと、猫がくそかわいい思い出の日でした。